大人を子供に変える窓
この春から、晴海埠頭を発着する飛行船が飛ぶようになった。地元だし、「空から日本を見てみよう」の作家としては、乗らない訳にはいかない。そこで、早速乗ってきた。
あまり細かいことは書かないが、ひとつだけ驚いたことがある。
飛行船には窓があって、なんとそれは開く!
いきなりそんなこと言われてもよくわからないと思う。そこで、前提として、ゴンドラ内部を説明すると、こんな感じである。
飛行船がある程度高度を上げて、東京の街を遙か上空から見下ろした状態になったその時、天井付近にある「シートベルトを外してもいいというランプ」が消灯。続いて、CAさんが、驚くべきことを告げた。
「窓を開けますので、御自由に覗いて下さい」
え?!…窓?!!…しかも、自由に覗く?ちょっと待て!足元には小さく東京タワーが見えている。それなりの高度だ。どう考えても、窓を開けた瞬間、激しい風が吹き込んできて、そこからビュービューと耳をつんざくような音が響くはずである。
ところが、である。
CAさんが、縦幅40センチほど×横幅60センチほどの楕円形の窓を開けると、私の予想はあっさりと裏切られた。風なんか、これっぽっちも吹き込んでこない。しかも、これっぽっちも音がしない。その日の天気が良かったせいかもしれない。
東京上空かなりの高度で窓を開けたのに、な〜んにも起きないのである。数メートル離れた乗客と普通に会話することが出来る。あとは、ポカポカとのどかな陽気がゴンドラ内にこぼれてくるだけだ。これは凄いことだ。
実は、私は「空から日本を見てみよう」の番組を始める前に、ヘリに乗って東京上空を飛び回ったことがある。なので、飛行船と言ってもヘリコプターの別バージョンぐらいに思ってた。ところが、実際に乗ってみると、全然違う。
ヘリにはヘリの良さがある。スピード感や特殊な飛び方など、いくつもの素敵な要素を抱えている。だが、そのおかげで、ヘリの機内には始終轟音が響いている。ヘッドフォンなしには喋るのもしんどい。窓を開ければ、さらなる轟音と突風が飛び込んでくる。おまけに、当然ベルトで固定されており、椅子から動くことは出来ない。動くスペースすらほとんどない。
ところが飛行船は違う。窓は普通に開くし、騒音はまったく感じられない。さらに、シートベルトを外したあとは、ゴンドラ内を自由に歩き回ることが出来る。廊下もそれなりに広いので、乗客はゴンドラ内をフラフラと移動しながら、窓外を眺める。結果、椅子に座ることはほとんどない。じっとしていることが逆に不自然なのだ。なんという自由さ!
無音の上空。開放的なゴンドラ内をのんびりと歩き回っていると、「乗物」に乗っている感覚さえ消えてしまう。その日の乗客も、この状況を受けて、機内二カ所にある二つの窓からゆっくりと忍び込む風を感じながら、まるで魔法がかかったように、その表情を変えた。驚きが微笑みに変わる。大人が子供になる。
そして、東京上空に浮かぶ飛行船のゴンドラ内でフワフワと歩いていると、 飛行船に乗っているというよりも、まるで飛行船を身にまとっているような気分になってくる。飛行船は、感覚としては「乗物」ではなく「着物」である。まるで背中に羽根でも生えたかのような感覚で、空を飛ぶことが出来る。
ゴンドラの最後部には、特別なソファがある。背後の壁一面が透明な窓になっているシート。ここに座れば、たった一人で、あるいは大好きな人と二人で、東京の空を独占することができる。ゴンドラ内で最高のシート。高度1000フィートの特別席。
さて、開閉できる窓が二つ、そして、特別な後部シート。ということは、10人の客が一斉にそこに集中したら、ちょっとした取り合いになりそうである。ところが、その心配は無用だ。上空から東京の街を見下ろしていると、そこにいる誰の気持ちも穏やかになる。自然と、譲る心が生まれる。
だから、二つの窓や後部シートを、誰かが独占することもない。今回の飛行の途中、横浜あたりで、老婦人が自宅の屋根を見つけて感動の声をあげた。すると、乗客全員で思わず拍手。なんか、そういう気持ちになってしまった空の小旅行だった。
もちろん、値段が値段なので誰にでも薦められるものではない。それは間違いない。だが、値段を超える魅力がそこにはあった。
あと、飛行船は子供にはもったいない。ここに来るのは、地面を歩く生活に疲れた大人であるべきだ。そこには、見慣れた風景がいつもと違った顔をして待っている。そして、そんな風景を見せてくれる二つの窓からは、気持ちのいい風を感じることができる。
その窓は、大人を子供に変える。
※今回の飛行船の旅は、ノーマルのTOKYOコースではなく、YOKOHAMAコースを飛んだ。
※夕暮れ時に飛んだので、写真は全体的にアンバー気味。湿度が高くて、ガスもやや多め。
※ところで、5/19から、「空から日本を見てみよう」DVD版の3〜4巻が発売される!こちらもよろしく。
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