ドローン2011
この数年で、ドローンの話をすることが増えた。Twitterでもよく触れるし、会議等でもよく話す。
ちなみに、Wikipediaで調べるとこんなことが書いてある。ドローン=「英語で雄のハチを指す語句。転じて不活発な活動体や自動操縦される無人の飛行体や車両、ハチの発するような音などを指す。」今回は「自動操縦される無人の飛行体」の意味だ。
私も少し前までは「無人ヘリコプター」とか具体的な製品名とかを書いてきたが、最近は「ドローン」という総称が一般的になってきた。ソニーが自社開発のこれを使って軍艦島の空撮を撮ったりとか、Amazonがこれを使って無人の配達を計画中とか、その辺の話題は多い。
■軍艦島をドローンで撮影
■座礁した船をドローンで撮影
■花火のごく近くをドローンで撮影
個人的には、ガザ地区で暮らす少女の以下の一節に心を奪われた。連日イスラエル軍による空爆の続く同地区にひとときの平和が訪れた朝、少女はTwitterで呟いた。「今朝、目が覚めたら、ドローンも、F16も、救急車も、爆音もないの。私は心の底から笑ったの!」 この言葉が忘れられない。
ドローンはすでに兵器にもなっていたのだ。というか、正確には兵器として開発が進んだおかげで、民事用のドローンも大きく成長した。そして様々な平和利用へと道が拓けたとも言える。どっちにしろ、ここ数年でドローンは世界中に大きく羽ばたき、様々な用途で使われるようになった。
と、考えると、どうしても考えてしまう。2011年3月11日のこと。
それは、わずか3年ほど前のことである。当時、ドローンはすでに開発はされていたが、今ほど簡単に手に入れることは出来なかった。あの頃私は「空から日本を見てみよう」という番組の構成をしていたので、この種の技術についてもある程度は注目していたが、まだまだそれは、安価で安心して使えるアイテムではなかった。
が、わずか数年でそれは世界中の空を飛び回るようになった。それを知った私は、あの時、2011年3月11日のあの日に、そしてあの日から始まった数週間の日々に、ドローンが今ぐらい手軽に使えるほど普及していたらどうなっていただろう?と想像してしまう。
あの時わからなかった多くのことがたくさんわかっただろう。あの時助からなかった多くの命が救われたかもしれない。そんなことを考えてしまう。だからどうした?!と言われても、そこに答などない。ただ、思う。もしも、あともう少し、あと2年ほど早くドローンが開発し普及していたら…。
歴史はいつも、そんな「考えてみてもどうしようもない、もしも」に満ちている。歴史どころか、人生のほとんどもだいたいそうだ。でも、思う。「未来はそれが来るまで誰にもわからない」という事実はとても哀しい絶望の話でもあるが、「未来はそれが来るまで誰にもわからない」という事実は輝かしい夢の話でもある。たぶん。
そう信じて生きてみよう。
※この秋の特番などは、コチラ。
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