ヂロウ物語 その3
昨年末に、痛〜〜い緊急処置をしたおかげで、年末年始は穏やかなお尻で過ごすことが出来た。そして、運命の1月23日、手術の日を迎えることになった。
※このシリーズ「ヂロウ物語」は、誰もが読んでて何かを得られたり、楽しめるという文章ではありません。でも、なかなか体験できない貴重な経験なので、いつか誰かの役に立つかも!と思って、ここに書かせて貰っている。さて、今回は3回目になって、手術の場面も出てきたりして、人によっては不快感を感じる人もいると思います。なので、気をつけて読んで下さい。それなりに気を遣って書いているつもりではありますが、すべての人が楽しめる内容とは限りません。これだけは先に言っておいます。
まず、年明けの家族旅行を無事終えて、週が明けた1月6日から2015年の仕事が本格的に始まった。いつものように会議に出席したり、台本やメモを作ったり、収録に立ち会ったりという日々へと復活した。しかし、年末に膿を抜いておいたおかげで、お尻は平和なままだった。
緊急処置をしたばかりだから、それなりの量の薬も飲む。患部には毎日ガーゼをあてなければらない。ぶっちゃけ、ガーゼを当てる作業は、トイレやお風呂のたびに必要なのでちょっと面倒だった。でも、これだけで年末のような痛みのない日々を過ごすことが出来るなら、全然我慢できた。
1月の9日と13日には,構成を担当したテレ東の深夜ドラマ「太鼓持ちの達人」にチョイ役で出演するため、20数年ぶりのドラマ撮影に臨んだ。チョイ役とは言え同じ現場で数回の出番があるため、長時間撮影になることがわかっていた。そのため年末には辞退も覚悟したが、無事撮り終えた。
ところで、前年末にほんのりと「病気」をほのめかした以外、この時期のTwitterには痔瘻に関する記述がまったくない。これには理由がある。年末、病気が発覚して緊急処置をするまでは、正直、痛みや不安で一杯だった。だから、そんな状態で呟いても、読んだ人を不安にさせるだけだと思った。なので、書かなかった。
緊急処置が終わって、ちょっぴり病気をほのめかしたのは、心の平和が少しだけ訪れていたせいだ。でも、その後ふたたび、頭の中は迫り来る手術のことで一杯になっていた。初めて「黄門様」(←※私の身体の一部分のことだが、あえて可愛らしく書いてみる。)にメスを入れる手術ということで、手術後のきつい痛みのこと、処置のこと、手術を失敗した場合のリスクのこと…等、たくさんの不安で押し潰されそうだった。だから、書かなかった。
そうこうするうちにも、手術の日は迫ってきた。
手術2日前のTwitterにこんな呟きがある。
スケジュールのことで悩んでいたら、超多忙の同業者が助けてくれた。簡単なことでないことがわかるだけに、本当にありがたい!
— 伊藤正宏 (@ito3com) 2015, 1月 21
詳しく書いてないが、ここで言う「スケジュールのことで悩んでいた」というのは、手術後のもっとも厳しいと思われるタイミングに「某レギュラー番組の大きめの仕事」が重なってきたので、引き受けられるかどうか悩んでいたら、放送作家の友人が「代わりにやるよ」と助けてくれたのだ。心から嬉しかった!
この頃の私は、目前に迫った手術後の痛み苦難を想像して、その期間にやるべき仕事を出来るだけ早めにこなしておこうと、ひたすら働いていた。
ネット上で経験者のブログ等を読んでみると、手術の痛みはほとんどないと、ほぼ全員が書いている。が、その後の痛みについては、ほぼ全員がそういう時期を経験すると書いている。さらに、手術後の処置についても、ほぼ全員が予想以上のものであったと書いている。個人差こそあるものの、その苦痛は、痛みそのものよりもつらいと書いている人さえいる。
果たして、自分の手術後の痛みや処置はどんなことになるのか?大量の仕事をこなしながら、その不安と戦っていた。数日後、自分のお尻はどんな風になって、どんな風に痛くて、どんな風に処置しなければならないのか?
そして、手術当日、1月23日がやってきた。
いろんな事情から手術後はほぼ24時間ウンチ君(←ちょっとだけ可愛く書いてみた。)をしない方がいいと言われていたので、この日の朝は慎重にお腹の状態を整えた。ちょっと便秘気味な時にウンチ君がまる一日出ないことなんてしょっちゅうある。でも、ウンチ君をまる一日出ないようにコントロールしようと思うと、それはそれで緊張した。
そして、自宅でお風呂に入って、全身を清めてから病院へと向かった。病院に着くと、緊急処置の時と同じ可愛い手術着が用意されていた。Oバックになっている。このOバックの手術着に着替えてから、注射を打つ。背骨のあたりに打つ奴なので、それなりに痛めの奴なのだが、この痛みさえ耐えれば大丈夫と聞いていたので耐えられた。
この注射を打った時のことは鮮明に覚えている。
この注射を女性のお医者さんに打って貰ったのは手術準備室のようなところだったのだ。そのベッドに横になった状態の私に向かって、お医者さんさんが「この麻酔が効いてきたらすぐに手術を始めますから」と言って部屋を出て行った。しかし、恐ろしいことに麻酔が全然効いてこない。まったく効いた気がしない。だんだん不安になってきた。
次にさっきのお医者さんが入って来たらそのことを訴えなければ!と思って待っていたら、再び彼女が部屋に入ってきた。さっそく私は「さっきの麻酔が全然効かないんです!」と言おうとした。が、それより先に彼女が言った。「伊藤さん、目が覚めましたか?手術は無事終わりましたよ」
え?!!!
正直、私はキツネにつままれたような気分だった。どうやら私の麻酔は効かないどころか,効きすぎるくらいに効いて、私は注射後あっという間に意識を失って、30分ほどかかる手術をとっくに終わって、合計1時間ほど意識を失っていたらしい。
こうして人生初めての手術、しかも黄門様にメスを入れる手術は終わった。
いつもの担当医師から説明があった。この「ヂロウ物語 その1」でも解説したように、痔瘻は大腸と肛門の接続部にある12個ほどの小さな穴のうちの一つで発生するのだが、私の場合は二つの穴で同時に発生して、しかも奥でそれらが一つに繋がる(?)という複雑な形状だったという。そのため、ちょっと面倒な手術になったらしい。
「でも」と言ってから、医師は言葉を続けた。「完璧に治しておいたから、もう大丈夫!」
どうやら手術は無事終わったらしい。この日は、体内から抜き出した物質も見せて貰った。「これが伊藤さんのお尻から抜いた悪い分。ほら、どう?」と医師から嬉しそうに感想を求められたが、言うべき言葉が見つからず「ありがとうございます」とだけ答えた。
さて、黄門様にメスを入れる手術を終えたんだから、普通ならこのまま入院というところだが、この病院では即日家に帰ることが出来るという。希望すれば関連病院に入院することも出来るのだが、たまたま病院と自宅とがかなり近かったこともあり、医師はタクシーを使った帰宅を薦めた。「病院を出ればすぐにタクシーが拾えるし、病院より、家の方が休めるでしょう?」
実際、手術から2〜3時間は患部に麻酔が効いているため、手術直後にもかかわらず、歩幅狭くゆっくりと歩きさえすれば、病院近くでタクシーを拾って自宅に帰るのはそれほどの苦痛ではなかった。時間は午後2時頃、帰宅した私はそのまま布団に潜り込んで、ぐっすりと寝た。
めちゃくちゃ寝た。麻酔が残っていたのか、手術の疲れが残っていたのかは知らない。数時間、死んだように寝た。夕方には、幼稚園から帰宅した5歳の双子とも会った。妻から双子に「パパはお尻をナイフで切ったから、これからしばらくは絶対にパパの身体の下の方に触れたらダメよ!とくにお尻には触れたらダメだからね!」と、くどいほど説明があったようだ。
双子は、爆発物を前にした刑事のように、遠巻きに私と会話した。
「パパ、お尻は大丈夫ですか?」「パパのお尻、誰かに斬られたの?」
こうして自宅療養の日々が始まった。が、正直、手術当日はあんまり動く気になれなかった。激しい疲労感のせいもあるが、それとは別に、麻酔がだんだん切れてくると、患部の痛みがじわじわと出てきたのだ。斬られた黄門様からの痛みがゆっくりと湧き出てくる。
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