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2015.05.02

ヂロウ物語 その4

 さて、痔瘻の手術を受けた今年1月23日の夜はただただ自宅で寝た。いつでも父親である私に飛びかかりたい年頃である双子に私の身体に接近させないようにしながら、自宅で寝た。

※このシリーズ「ヂロウ物語」は、誰もが読んでて何かを得られたり、楽しめるという文章ではありません。でも、なかなか体験できない貴重な経験なので、いつか誰かの役に立つかも!と思って、ここに書かせて貰っている。さて、今回も、人によっては不快感を感じる人もいると思います。なので、気をつけて読んで下さい。それなりに気を遣って書いているつもりではありますが、すべての人が楽しめる内容とは限りません。これだけは先に言っておいます。

 手術後2日目のTwitterには、突然こんな呟きをしている。

 そして、この日は手術後24時間のあたりで、病院まで検診に行かなければならない。昨日麻酔が効いたままで帰宅した時よりも、さらに慎重な歩き方でタクシーを使って病院に向かった。お尻が痛くて、タクシーの後部シートには普通に座れない状態だった。そこで、「どんだけ斜め座りやねん!」とツッコミたくなるほど、ものすごく傾いた姿勢で座った。

 そして、病院で診察して貰った。医師によると術後の状態は順調だという。良かった!

 医師はさらに続けた。手術から2〜3日すれば仕事に戻れるが、刺激物を食べることとアルコールを飲むこと、自転車に乗ることを禁じられた。この日が土曜日だったので、次は月曜日に診察に来ればいいという。

 今から考えると、この日はまだそれほど不自由に感じていなかったように思う。

 そして、この診察が終わって、「ウンチ君」も自由にしていいよ、ということになった。が、ここから、例のアレが始まった。手術前にも心配していたアレ。つまり、痔瘻手術の場合、手術が終わってからの手術後の傷跡の処置がとっても大切になる。

 それがこの日から本格化する。それがなぜ重要なのかについては、医師から詳しく説明があった。

 そもそも、今回手術をした黄門様には4つの特徴がある。

1)黄門様は、毎日働いている。

 説明の必要さえ無いと思うが、人間は食物を食べないではいられない生物である。ということは同時に、ウンチ君をしないではいられない生物でもある。となると、一日に何度か黄門様は、その筋肉を使った「やや過酷な運動」をしなければならない。

 今回の場合、黄門様を手術したのだから、そこに傷口が残っている。だから、この傷口を治すためには、出来れば黄門様がじっとしている方がいい。だが、黄門様は毎日働いている。

 つまり、黄門様とは、一日に大量の自動車が走り抜ける高速道路の出口である。そんな高速道路の出口を営業したまま、その大規模改修工事をやっちゃおうというのである。そりゃあ、大変だ!

 でも、これはどうしようもないので、ただ耐えるしかない。つまり、普通ならもっと早く治るかもしれない傷口がなかなか治らなくても我慢するしかないのだ。しかも、ウンチ君だけでなく、私は仕事柄、一日に10数時間。会議や執筆のために椅子に座っている。これも良くない!

2)しかも、黄門様は身体の中でもっとも不潔な場所である。

 しかも、これまたご存じのように、黄門様を通過するのは、身体の中でもっとも衛生状態のよくない物体である。そう、ウンチ君だ。これが毎日、ここをどんどん通り抜けていく。お休みする訳にはいかない。

 ところが、黄門様はご存じのように手術をしたばかりで、そこに傷口が残っている。だから、この傷口を治すためには、出来れば黄門様は清潔に保たれることが望まれる。だが、それは無理だ。

 これに関しては、二つの方法で対処する。ひとつは飲み薬と塗り薬。これらで黄門様の周辺の菌を抑え、可能な限り清潔に保つようにする。でも、これだけでは足りない。とくにウンチ君対策として、ウンチ君のたびにシャワーで傷口を洗う。

 これは、普段ならウォシュレットにお願いしている作業を、自分自身でシャワーを使って毎回丁寧にするということだ。これは、なかなかにしんどい作業である。だって、シャワーは自宅ぐらいにしかないから。この時期は、ウォシュレットをより効果的に使う方法を苦心した。

3)痔瘻手術を受けた黄門様には、もうひとつ特殊性がある。

 つまり、こうだ。黄門様にメスを入れて体内のお肉の中に出来た悪い部分を切った結果、失ったお肉を再生させる必要があり、そのためには、普通の傷のように簡単にカサブタを作ってしまうと、失ったお肉がちゃんと再生されないままになってしまうという!

 それを避けるため1〜2週間、薬を使ってカサブタがなかなか出来ないようにしておくのだという。で、お肉がちゃんと再生されてから、薬を変えてカサブタを作るようにするらしい。となると、それまでの間、傷口はカサブタという壁のない無防備な状態になる。しかも、黄門様はウンチ君の通り道でもある。

これがその後、非常に苦難の道となった。喩えるとこうだ。内装工事が終わるまでは、壁は作らない。雨が降ろうが泥棒が入ろうが、内装工事が終わるまでは、ひたすら耐えるしかないのだ!

4)さらに、もうひとつ!

 痔瘻というものは、黄門様周辺のお肉の中に張り巡らされた大量の繊細な筋肉の合間を縫うように成長する。なので、痔瘻手術とその後の処置に失敗すると、本来は復活するはずの黄門様周辺の筋肉が破損してしまう。

 こうなるとどうなるか?というと、黄門様の開け閉めという大事な仕事がちゃんと出来なくなってしまう。これはもう説明しなくてもわかると思う。こうなると、人工肛門などさらなるサポートが必要になる。

 以上4つの、痔瘻手術後に気をつけるべきことの説明を医師から受けた。

 そうしたリスクを最小限に防ぐため、痔瘻手術を受けた黄門様のために、何種類かの薬を飲む。患部に塗る塗り薬もある。患部はガーゼで厳重にカバーする。ガーゼは血液や浸出液ですぐに汚れてしまうので、一日に何度も交換する。さらに、ウンチ君のたびにシャワーを浴びてから薬を塗ってガーゼを交換する。

 これからの日々、状態がある程度に向上するまでは、以上作業を続けなければならない。そんな日々が始まった。

 手術3日目は、日曜日。こんな呟きをした。

 でも、正直言うと、5歳の双子がいる家庭で寝ていることで心の安定も得られたが、5歳の双子はまだまだ決められた約束を守ることが得意ではない。「パパの下半身やお尻に触れてはいけない!」という約束はしばしば破られて、それなりの苦痛を味わったりもした。

 手術4日目。

 この日は月曜日だ。朝イチで病院で患部を見て貰う。朝から診察室で医師や看護師の前でマヌケな格好をするのだが、このプレーにも慣れてきた。医師によると、術後の状態はいいという。

 そして、この日の夕方からは、仕事にも復帰した。病院で貰った「痔瘻クッション」に使い捨てカイロを入れて、それを椅子の上に置いて座る。これがないと、正直まだ普通の椅子には痛くて座れない。本当は仕事も休みたかったのだが、状況的にそうも言っていられない。

 そして、手術5日目。

 この日は、早朝から二つの会議に出て、その後、初めて一緒に組んだチームとの特番収録の現場に行く。ロケスタジオだったので、会場はまともな椅子さえない環境だった。痔瘻クッションがなかったら、途中で逃げ出していたと思う。そこで、この日はこんなことも呟いていてる。

 この日は早めに帰宅したが、その代わり、自宅で大量の仕事をこなす。

 で、手術6日目。

 完全復活で全日会議で都内を移動する。そのため、こんな呟きも。

 膨らんだ手荷物とは、大量の薬、大量のガーゼ&テープ、痔瘻クッションである。これらを持ち歩くためには、普段の仕事鞄では入りきらなかったのである。

 手術7日目、二日ぶりに病院へ。

 この頃から患部の痛みは新しいステージに突入した。そう、手術直後は薄かった患部の痛みが、このあたりからどんどん鋭角的に厳しいものになってきた。痛みの解消法は二つ。坐薬と温かいシャワーだ。一日あたりの坐薬の回数は決まっていたので、痛みを覚えると一日に何度も温かいシャワーを患部にあてる。そのたびに、薬を塗って、ガーゼを交換する。なかなかのストレスだ。

 そして、この日から、結果として「坐薬」との格闘が始まった。もともと幼い頃から坐薬には苦手意識が強かった。その上、いざ挑戦してみると、とにかく痛い!あとでわかったことだが、この頃の私の黄門様は、手術のためにまだまだ傷だらけの状態だったらしく、そのせいで、ことさら坐薬の挿入が痛かったようだ。

 手術8日目の呟き。

 そうそう、初期はこのトラブルも多かった。一度入れた坐薬君がピヨヨーンと戻ってきて焦る。ゾンビみたいになった坐薬君をどうするかで焦る。そんなトラブルが。

 そんな坐薬の入れ方でも試行錯誤を続けつつも、この頃はとにかく、坐薬を入れることの痛みと闘っていた。ただただ痛いのを我慢して、苦手意識の強い坐薬を毎日挿入する日々。

 あと、我が家は、寝室が妻や双子と一緒だったので、坐薬の挿入を寝室ですることだけは避けた。5歳の双子に見られたくない格好だし、説明も難しかったからだ。そのため、毎晩、真っ暗で寒い(まだ真冬だった!)リビングで坐薬を入れてから寝室に向かった。暗くて、痛くて、寒いというのが、この頃の坐薬の印象だった。

 手術9日目。

 ちなみに、この携帯用ウォシュレットは、実験こそしたし毎日持ち歩いたものの、結局使うことなく終わった。というのも、この頃の私は、仕事場周辺のウォシュレットをほぼ完璧に覚えて、それらを使いこなしていたからだ。携帯用ウォシュレットに「水を温める機能が無い」ので、まだ真冬だったこの頃、これを使う勇気は私にはまだなかったのだ。

 手術10日目。

 この日から2月。この日は、めちゃユルの生配信「真冬の超常現象SP」にも立ち上がった。確か10時間ほどのロングランで、帰宅したらさすがにお尻が痛かった。

 手術11日目。

 こんな呟きも。坐薬初期のトラブルだ。懐かしい。

 例の「営業しながら工事」の喩えも、この頃呟いている。当時の実感だった。

 手術12日目。この日は節分だった。

 本当に感謝だ。

 手術13日目。

 前夜の鬼たち。

 今となっては、懐かしい三点セット!

 手術14日目。

 そうそう、この頃は、行ける場所が限られていた。ウォシュレットトイレのない建物には入れないし、何より、長時間椅子に座らないといけない場所にも入れなかった!

 そもそも、カサブタを作らずにお肉を作るためには「浸出液」が重要だと聞いていた。だから、たくさん出てくるのだ、と。そして実際、本当にたくさん出てきた。正直、出た時はこう思う。「あれ、漏らしちゃった!?」…でも、無色だし、ほんのり甘い香りはするし、調べるといつも浸透液だった。

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