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2016.06.25

「ペルテス氏病」って知ってる?

 この春で双子が小学校に入った。正直、嬉しかった。ほんの数年前まで双子用ベビーカーで移動していた二人が、今では自分の足で学校に向かっている。胸がじんと来る。

 さて、そんな双子の小学校入学の陰で、私は小さく、ホッとため息をついていた。というのも、私が子供の頃、ちょうど幼稚園の年長から小学校に進む頃の私は、かなり大変な状態にあったからだ。

 それは病気だった。その頃、私はその後の人生を決めるような大病をしていた。決して遺伝性のものではないから、子供たちにうつるはずもないのだが、それでもずっと心配だった。

 その病気の名前は「ペルテス病」という。一般的にはかなり珍しい病気だ。私の子供時代、その頃の名前は「ペルテス氏病」。人に話す時、「ペルテスし病」の「し」という音が「死」と勘違いされまいかと子供ながらにいつも不安だった。

 さて、その病気だが、ちょっと説明が難しかったりする。このページにはこんな説明が書いてある。

《主に5~8歳頃の男の子の股関節に起こる病気。熱はないのに、運動の後で足を引きずったり、股の付け根や太ももを痛がる。痛みや引きずりは少し休むと取れるが、よく見ると太ももの筋肉がやせていたり、あぐらがかけなかったりする。》

 続いて、こんな説明が続く。

《股関節の血流不足によって、大たい骨の頭が崩れてくるためにおこる。原因は不明。》

 とにかく股関節に流れ込む血流の量が足りなくなるために、骨がちゃんと成長できなくなる病気だ。普通は2〜3年後には血流の量は元に戻るらしい。が、それまでの間に骨が間違った環境のままに成長してしまうと、骨が変形して、最悪の場合、手術の可能性があると言われていた。

 僕がこの病気だった頃、医師は、「最悪、ちゃんと歩けなくなることもあるんだよ」と言っていた。治療に専念してもらうための方便だったのかもしれない。が、 当時の私は、医師のこの言葉にかなりの恐怖を憶えた。

 さらに、治療の際には、骨の間違った成長を阻止すための特殊な装具がいくつか登場した。それらを装着して松葉杖で歩いたりした。本当にいろんな種類の装具が登場した。今でも、あの頃のより多少進化しているが、この種の装具は多数あるようだ。さらに、あれはなんという名前だったのだろう?骨に間違った成長をさせないために、僕は特別な装具をつけた記憶がある。

 まず、ベッドに寝る。次に、ベルトのような器具で腰をベッドに完全固定する。次に、両足に金属製のカンジキのようなものを履く。その左右のカンジキからそれぞれ頑丈そうなロープが伸びて、ベッドの足元の端っこまで行くと、そこに左右それぞれひとつづつの滑車がついている。その滑車で細いロープが90度に折れ曲がる。

 結果、丈夫そうなロープが床面に向かって垂直に降りたその先には、左右それぞれ1つづつレンガがぶら下がっていて、床上に浮いていた。これがすべてだった。そう、この結果として、左右の足がベッドに寝ている間、ずっとレンガ1個分の力で引っ張られることになる。

 この状態で、僕は幼稚園の年長だった1年間、幼稚園にも行かず、この姿勢のままで過ごした。腰を特殊なベルトで固定しているため、自分一人ではトイレにも行けなかった。幼稚園の年長1年間をこの状態で過ごし、さらに小学校に入っても1年間ほどは運動を禁じられた。

 これらのことは、僕の人生に大きな影響を与えた。年長〜小1という、男の子がもっとも無邪気に近所を走り回る時期に、私は運動とは無縁の日々を送った。代わりに、ベッドに固定されていた1年間、その枕元でずっとつけっぱなしになっていたのが、テレビだった。結果、僕はテレビの大好きな子供になった。

 ただし、親の不在時に子供にとって不健全な番組があってはならじと考えた母親の考えによって、このテレビはいつもNHK総合テレビがついていた。そのために、僕はかなり小さな時からNHK総合テレビの好きな子供になった。NHKニュース、国会中継、新日本紀行、大河ドラマ…そんな番組ばかり見ていた。だって、ベッドから動けないんだから。

 小学校2年生ぐらいになって、ようやく学校での運動が解禁となったが、時すでに遅かった。今でも覚えている。小学校2年生になって初めてプールに入った僕は、身長が小さかったせいもあって、水に浸かった瞬間に溺れた。怖かった。

 水泳に限らず、小学校2年生から始めたために、ほとんどすべての運動について苦手意識を持つようになる。運動オンチのすべてをこのせいにするのはさずがに格好悪いが、でも、結果としてはそうなった。それから10年ほど経った中学校時代、僕は学校の記録を出している。50m走で13.6秒!男女を超えるナンバー1の記録だった。

 後日談になるが、私が20代の頃、第三舞台と言う劇団で役者デビューを果たすのだが、何度目かの公演に両親を招いたのだが、その時の実母の第一声が今も忘れられない。

 「母さん、驚いたわよ。あんた、踊ってたね!舞台の上で踊ってたね!驚いたー!」

 そう、実母は息子の初舞台より、例の大病以来、運動に難を抱えたままま育った息子が、あろうことか舞台の上でダンスをしていたことに驚いていたのだ。人の親になった今、その気持ちがよくわかる。

 子供時代、人生に影響が出るような病気をしていた経験があるので、自分の子供が同じような年齢になる時には、どうしても緊張してしまった。実はペルテス病は遺伝しない病気だとわかっている。それでも、心配だった。

 そして今のところ、子供たちはその種の病気は発病しないまま小学校に入学した。それだけで、ホッと小さくため息をついた。親とはそんなものだ。

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