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2016.10.18

手術の話(3) 〜手術直前〜

 人生初めての本格的な入院および手術の話。今日はとうとう、手術当日の手術直前で味わった初めての体験について書く。

 先日アップした一回目は、入院までの話。次にアップした二回目は、入院=手術前日。今日アップした三回目は、手術直前の話。 

 さて、手術当日の朝がやってきた。前日朝からの入院で、いろんな準備はだいたい終わっている。多少、仕事の締め切りを夜中に頑張って終わらせたものの、原則として私は、この日の夜、たっぷりと寝ることもできた。スタンバイは完璧だ。

 唯一の心残りは、昨夜20時に下剤を飲んだ時、私は偶然、下痢の真っ最中だった。ところが、下剤をくれた先生から言われた。完璧に出し切りたいので、下剤を飲んだら20分ほど我慢して下さい。現在下痢中の私に20分も我慢できるだろうか?

 私は必死に我慢しながら20分を耐えた。すると、見事に20分を耐えきることができた。それだけでなく20分経過しても、便意はいっさいなかった。トイレに行きたいという気分を残したまま、この日の便意は完全に止まってしまった。

 このミスは、随分たってから私の不安のひとつになるのだが、この時は忘れていた。看護師さんの「大丈夫です。もう出ないってことは、お腹の中は空っぽなんですよ」という言葉を信じた。手術開始までの時間を、静かに待つことにした。

 ところで、この日の私はある重大なことに気づいた。手術当日の患者は、手術の時間までほとんど何もすることがない。めちゃくちゃ暇なのだ。

 まあ、冷静に考えば当たり前の話だ。食事は前夜を最後にストップしているし、水も午前中から飲んでいない。さて、当初、私の手術は病院内用語で「午後」と呼ばれる午後2時開始を予定されていた。ただし、「午前」の手術次第では異常に遅れることもありますよ、と説明を受けていた。

 ところが、前日夜になって開始時間は早まって、午前11時半開始に決まった。食事や水の制限もすべてこの時間に合わせて変更された。しかし、なんの前触れもなく一度変更されたスケジュールは、なんの前触れもなくもう一度変更されるものだ。

 当日になって、「午前」の手術がやっぱり遅れたらしく、いったんは11時半開始に変更された手術は、午後1時半頃の開始に変更になった。逆に言うと、だいたい当初の予定時刻に戻ったとも言える。前夜から入院していた私はこの日、かなり早朝から起きていたので、結局のところ私は、とても長い間、手術前の緊張の時間をベッドの上で過ごすことになった。

 とくに付き添いの家族(私の妻)が病院入りしてくれる10時半までの時間は、とくに何をすることもなく、ひたすら人生初めての手術を待つという、緊張感以外になーんにもすることのない時間と戦うことになった。

 どうしよう?と悩んだ末、偶然にも前日である10月11日からフリータイム機能に対応したiPhone用アプリ「radiko」を使って、日曜日のラジオ番組「山下達郎のサンデーソングブック」の録音を聴くことにした。なかなかいい感じだ。手術を忘れるほどの楽しさ!

 さて、手術開始の10分前には、病室の少し下の階にある手術室へと、付き添いの家族とともに徒歩で向かう。やがて「手術室」と書かれた自動扉の前にやってきた。映画とかでたびたび見たことのある、あの金属製の大きめの扉である。この扉の前で、付き添いの家族とは別れた。あとは、看護師さんに連れられて手術室と書かれた扉の中へと向かう。

 ここで、私はひとつ勘違いしていた。というのも、大きな病院だったせいで、「手術室」と書かれた扉の中に入っても、その中には、長い長い廊下が続いていた。さらに、そこには巨大な数字が描かれた自動ドアが何枚も並んでいた。そう、本当の手術室の扉はこっちだったのだ。この付近だけで10室ぐらいの手術室の扉が見えた。最初に見たのは手術室集合体のための大扉だったのだ。

 「手術室」と書かれた扉をくぐった私は、廊下を少しばかり移動してから、私にあてがわれた手術室の番号が書かれた扉の中に入った。なぜか、いくつも椅子が置いてある待合室のような場所で、私はしばらく待たされた。今度は、担当の看護師さんに案内されて、さらに奥に登場した、最初の扉から数えて3枚目の手術室の扉が開いて、その中に誘導された。

 この扉の向こうが、本当の手術室の中だった。天井に特徴のある照明器具がついていて、広めの部屋の中央に特殊なベッドが置いてあり、周りにいくつもの機材が並んでる、でも、部屋自体は殺風景なだだっ広い部屋。そう、本当の手術室、私がこれから手術を受ける手術室がそこにはあった。

 部屋の各所で数名の医療関係者たちが手術の準備をしていた。そのため、ちゃんとした挨拶のタイミングもなく、私はベッドの上に寝かされた。やむなく、目の前に人が来たり、初めての声が聞こえるたびに、あまり適切なタイミングとも思えなかったが、私は彼らに「よろしくお願いします」と挨拶することにした。

 ベッドの上で私はまず、薄手のパジャマのようなものを脱ぐように指示された。このパジャマのような衣類を脱ぐと、私は紺色のペーパーパンツと、エコノミー症候群防止の白いストッキングだけを両足の膝下に履いただけの、まるで「変態のような格好」でベッドの上に仰向けで横たわっていた。さらに、看護師さんから説明が入った。

「これから全身麻酔が入りますので、安全のために両手両足を固定しますね」

 すると、特撮ヒーローモノの敵の基地の手術室には必ずついている、拘束器具のようなものが登場した。さらに、私の寝かされているベッドがいつの間にか、十字架スタイルになっていることにも気づいた。女性看護師たちの努力により、この十字架のようなベッドに私の両手両足が拘束された。今度の私は、まるで「暴れん坊の変態」のような格好でベッドの上に拘束されていた。

 次に、いくつかの装置が私の体につけられた。点滴やら、心電図やら、そういう管やらコードやらが私の体に次々とついていく。おなじみ、酸素マスクもやってきた。ほぼ、改造人間のセットがすべて私の周りに揃った。その頃、私の頭頂部の向こうで、お医者さんの一人の携帯電話が鳴った。

「なぜこんなタイミングで電話してくるんだ?今からオペなんだよ。前の前に患者さんがいるんだよ。非常識だ。切るぞ!」

 私は天井を見つめたまま、そんな医師の言葉を聞きながら、何度も頷いていた。さて、看護師さんから、今度は点滴についての新しい説明があった。もしかしたら看護師さんじゃなく麻酔医さんだたったかもしれない。とにかく視界が狭いので、よくわからない。

 ただし、この時の私は、すべてを悟りきったように落ち着いた顔をしていたはずだ。というのも、人生初めての手術を前に、緊張した顔を誰にも見られたくなかった私は、可能な限り冷静な表情でベッドの上で寝ていた。誰にも心の中の動揺を悟られまいとして努力していた。すると、枕元の看護師さんが言った。

「伊藤さん、緊張してますか?」

 そう、私は思いっきり緊張していた。素っ裸に紺色のペーパーパンツと白いストッキングだけを穿かされて、十字架型の冷たいベッドの上に寝かされて両手両足を拘束され、酸素マスクやら点滴やらをつけられて緊張しないでいるのは、なかなか難しい。私は正直に答えた。

「はい、思いっきり緊張してます」

 点滴についての説明は、二種類あった。「結構刺激の強い薬品が入ってきます」というのと、「冷たーい感覚の薬品が入ってきます」このあたり、かなり記憶が曖昧なので、どっちが先でどっちが後だったか、もはや覚えてさえいない。だが、そんな説明ののち、二つ目の薬品が点滴から入ってきた。

 点滴から、ひんやりした液体が、私の左腕の中に染み込んできた。フラペチーノみたい、とか思ったような気がする。が、全身麻酔は全然効かない。フラペチーノとか思ってる時点で全然効いてないじゃないか、と思ったのが、たぶんこの時の私の最後の記憶だった。「最後の記憶」と書いたのは、フラペチーノという記憶を最後に、私のすべての意識が消えたからである。

 フラペチーノ。そして、ブラックアウト。すべての記憶が消えた。

 そして、手術が始まった。…はずだ。

つづく

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